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2018.08.08 【訃報】俳優の津川雅彦さんが亡くなられました(享年78)

津川雅彦さんが亡くなられました。享年78。

映画「マルサの女」など数多くの作品に出演し監督業も手掛けた、
津川雅彦さんが8月4日に亡くなられました。78歳でした。

1940年京都市生まれ。
祖父は日本映画の父といわれる牧野省三監督、父は往年の日活スター、沢村国太郎、母は女優のマキノ智子、
兄が俳優の長門裕之、叔父がマキノ雅弘監督と俳優の加東大介、叔母が沢村貞子、という、
芸能一家に生まれました。

父が主宰していた劇団で子役として芸を仕込まれ、5歳の時に大映「狐の呉れた赤ん坊」(1945)に出演したのを皮切りに、1954年まで子役として出演。
早稲田大学入学後まもなく日活「狂った果実」(1956・中平康監督)に石原裕次郎の弟役で出演し、たちまち二枚目スターとなりました。その後松竹に移り、大島渚監督の「太陽の墓場」(1960)「日本の夜と霧」(1960)や、吉田喜重監督のデビュー作「ろくでなし」(1960)に出演し芸域を広げました。

60年代は他に東映のマキノ雅弘監督「次郎長三国志」(1963)や、「昭和残侠伝 唐獅子牡丹」(1966・佐伯清監督)など任侠映画に出演。
70年代のテレビ時代劇『必殺シリーズ』での個性的な悪役や、NHK大河ドラマ『勝海舟』の徳川慶喜役で人気を博しました。

1984年に伊丹十三監督デビュー作「お葬式」に出演、以降「タンポポ」(1985)、「マルサの女」(1987・日本アカデミー賞最優秀助演男優賞)、「マルサの女2」(1988)、「あげまん」(1990)、「ミンボーの女」(1992)、「大病人」(1993)、「スーパーの女」(1996)、「マルタイの女」(1997)と、伊丹作品の常連俳優としてなくてはならない存在となりました。

そのほかの代表的な出演作品に、「ひとひらの雪」(1985・根岸吉太郎監督)、「夜汽車」(1987・山下耕作監督)、「別れぬ理由」(1987・降旗康男監督)、「濹東綺譚」(1992・新藤兼人監督)、「忠臣蔵外伝・四谷怪談」(1994・深作欣二監督)、「プライド 運命の瞬間」(1998・伊藤俊也監督)、NHK大河ドラマ『葵 徳川三代』(2000)など昭和から平成にかけて、様々な作品で味わい深い名演技を残しました。

姉妹チャンネルの時代劇専門チャンネルオリジナル時代劇「新・御宿かわせみ」(2013)「闇の狩人」(2014)にもご出演いただきました。

また、映画監督としてもマキノ雅彦名義で、「寝ずの番」(2006)「次郎長三国志」(2008)「旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ」(2009)の3作を手がけました。

2006年 紫綬褒章、2014年 旭日小綬章受章。

謹んでご冥福をお祈り致します。

日本映画専門チャンネルの津川雅彦さん出演の以下の作品を放送予定です。

幕末純情伝」 8/18(土)18:10~ ほか 
悪名一番勝負」 9/7(金)7:00~ ほか

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