[an error occurred while processing this directive]
  • 放送スケジュール
  • 横須賀線
     雄一と敬子が初めて言葉を交わすのが、国鉄(現・JR)の横須賀線の満員電車。雄一の商社は田村町(日比谷)、敬子のオフィスは霞ヶ関なので、最寄駅は新橋。横浜~新橋間は当時およそ25分かかった。撮影は車両をまるまる貸切で行われたという。東京駅から神奈川県鎌倉市の大船駅を結ぶ通勤路線で松竹大船撮影所のスタッフの通勤電車でもあり小津安二郎監督の「晩春」(1949年)などにも登場。
  • 妙蓮寺駅
     柴田駅の最寄り駅は、東京急行東横線妙蓮寺駅(横浜市港北区菊名)。雄一は横浜まで東横線で出て、横須賀線に乗り換える。健に会いに明子が妙蓮寺駅までやって来たこともある。二人は商店街から、近くにある菊名池公園まで歩いた。
  • 野毛
     稲葉家のマンションがあるのは、横浜市中区老松町、最寄り駅は京浜急行日ノ出町、国鉄桜木町となる。1960年代、マンションという言葉も含めて、都会生活のステイタスとして、庶民の憧れの的だった。近くには野毛山動物園や、横浜市中央図書館がある。ロケに使用したマンションは2012年現在も現存する。
  • 六義園
     #1で雄一が、外国人顧客を英語で案内する六義園は、東京都文京区本駒込にある都立庭園。徳川五代将軍綱吉の御用人・柳沢吉保の下屋敷として造営。明治時代に三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎が六義園を所有、1938(昭和13)年に東京市に寄贈された。関東大震災、東京大空襲の被害を受けることなく、江戸の名残を伝えている。
  • 赤坂トップス
     #1で外国人顧客と商談中の雄一が、敬子を見かけるのが「3人家族」をオンエアしていたTBS(東京赤坂)のTBS会館にあったレストラン“TOPS”の店内。TBSのドラマにはしばしば登場している。
  • ロシア料理 ボルガ
     稲葉キクがマネージャーをつとめる、横浜にあるロシア・レストラン。#3で沢野勉(中谷一郎)が敬子を連れて行き、#13ではキクの夫・須藤兼一(森幹太)が、キクに会いにやって来る。日本では、ロシア革命の混乱を逃れるために、日本にやってきたロシア人たちによりロシア料理が普及。ボルシチやピロシキは戦前から親しまれてきた。
  • 日比谷公園
     雄一が敬子を見掛け、二人が知り合ってからランチタイムのデートを重ねたのが日比谷公園(東京都千代田区)。田村町(新橋の日比谷通り沿いのかつての町名)の商社勤めの雄一と、霞ヶ関ビルのオフィスに勤める敬子にとって、会社の近くの憩いの場所。1902(明治35)年の開園時から、洋風喫茶店や結婚式場、レストランが併設され東京の顔となった。1961(昭和36)年には大噴水が完成、本作にも登場する。
  • 霞ヶ関ビル
     敬子のつとめる航空会社のサービスカウンターがある霞ヶ関ビルは、このドラマが作られた1968(昭和43)年に竣工したばかりの、日本初の超高層ビルディング。地上36階、地下3階、高さ147メートルのオフィスビルで、当時“超高層のあけぼの”と呼ばれた、高度成長の象徴的建物。ビルの容積は50万立方メートルで、1960年代から70年代にかけて、体積を表現する尺度として“霞ヶ関ビル何杯分”という言い方をしていた。
  • 山下公園
     #4で敬子と明子が、孤独な青年(林家珍平)に声をかけられるのが、横浜市中区山下町にある山下公園。浪人生である明子と健がしばしばデートするのもこの公園。関東大震災の復興事業として、震災瓦礫を使って、海を埋め立てて造成、1930(昭和5)年に開園。
  • 江の島
     #7で明子と健がデートに出かけるのが神奈川県藤沢市の片瀬地区にある江の島。横浜駅の待ち合わせで、敬子も同行することがわかり、健が胸をときめかせる。江ノ島の歴史は古く、奈良時代に役小角、平安時代に空海が修行したという。鎌倉時代に源頼朝の祈願により弁財天が歓請され、江戸時代後期には庶民の行楽地として親しまれるようになった。
  • 家庭用電話
     #8で柴田家に念願の電話が敷かれることとなる。明治30(1897)年、電話加入制度がはじまり、権利保有者は工事費を支払うことで電話を敷設することが出来るようになった。1950年代には加入者が電信電話債権の引き受けが義務化され(~1980年)、このドラマが作られた1968(昭和43)年に電話を敷くと、債券額6万円と設備料3万円の計9万円。大卒の初任給3万円の時代、電話を敷くのに給料の三ヶ月分もかかったことになる。
  • プラモデル
     #8で健が作っているのは、航空自衛隊のジェット機F-104Jのプラモデル。オリジナルはロッキード社製だが、日本では三菱重工業がライセンス生産をしていて、細い胴体から“三菱鉛筆”の愛称で呼ばれていた。この時代、子供だけでなく、高校生や大人の趣味としてプラモデル作りが定着していた。
  • ブルーバード
     #22で雄一が敬子をドライブに誘うために、借りてきたレンタカーが“ダットサンブルーバード510型系”。1966年8月に発売された三代目ブルーバードで、このドラマがオンエアされた1968(昭和43)年10月にマイナーチェンジしたばかりの新車。ちなみに恋敵の沢野が乗っているのは、それより上位クラスのローレルの初代C30型系(1968年4月発売)。いずれもスポンサーの日産の車。
  • 二人の世界
     1970(昭和45)年12月1日~1971(昭和46)年5月25日に“木下恵介アワー”で放送された、山田太一脚本によるドラマ。竹脇無我と栗原小巻のカップルが熱烈な恋愛の果てに結婚。ところが夫は脱サラをしてスナック経営を始めたいと言い出す…「3人家族」の二人の“その後”ともいうべきドラマ。甘い恋愛から一転、結婚と人生という現実に直面する二人の世界を描く。
  • トップページ
  • 倉本聰劇場