戦後80年を迎えたいま、信越放送が手掛けた秀作ドキュメンタリーを手掛かりに、
6本のオリジナルドキュメンタリーシリーズを制作・放送。
旅人は、内田也哉子。旅の起点は、戦没画学生の作品を集めた美術館「無言館」。
テーマは、「戦争と対話」。
本シリーズの企画・プロデューサーをつとめるのは、話題のドキュメンタリーを制作してきた阿武野勝彦。
戦争とそれに連なる戦後社会のありようを考え、未来へとつながる何かを感じ取る旅...。
戦後80年の日本を見渡し、未来へのメッセージを届ける。
東京、自宅にて、内田也哉子。
長野県にある戦没画学生の絵画を集めた美術館・無言館の共同館主に就任。大役を引き受けた思い、そして戦争への眼差しは変わっただろうか。戦後80年、人々は戦争とどう向き合ってきたのか、語り継いできたのか。
旅人、内田也哉子が無言館を訪れる。「本当はあってはならない美術館なんです」、共同館主の窪島誠一郎と巡りながら、その願いを受け止めていく。
かつて無言館を訪れた樹木希林が若者にエールを送る様子や、ドキュメンタリーの遺族のその後を訪ねる取材を織り交ぜ、初回放送から20年近くが経った無言館の変遷を辿る。
そして、対話のお相手シンガーソングライターの森山直太朗を訪ね、モニターしたドキュメンタリーのこと、絵画、アート、そして戦争と表現について語り合う。
戦争で命を奪われ、画家への夢を断たれた若者たちの絵を展示する長野県上田市の美術館「無言館」館主の窪島誠一郎さんの活動を追い、風化させてはならない命の尊さを伝える。
旅人、内田也哉子は、長野県中野市にある作詞家・高野辰之記念館を訪ねる。
記念館の周りは満開の菜の花。悠々と千曲川が流れ、夕陽に照る山々。辰之の歌「ふるさと」の情景だ。
しかし、この平和なふるさとから、満州へ送られた10代半ばの少年たちがいた。
対話のお相手にタレントのYOUを迎え、ドキュメンタリーのこと、子どもや親の目線で見た戦争、ふるさとと「戦争と平和」について語り合う。
戦争中、満蒙開拓青少年義勇軍として満州国へ送り出された10代半ばの少年たち。「満洲へ行けば地主になれる」、貧しい農家の子どもたちは、希望を抱いて海を渡った。歴史教科書にもほとんど記されず、忘れ去られる戦争の歴史を、当事者や現地の中国人の証言、記録映像や資料などから紐解く。
旅人、内田也哉子が訪れたのは、長野市松代町。江戸時代の面影を残す穏やかな街並み。
1944(昭和19)年11月、この町で巨大な地下壕の建設が始まった。本土決戦に備え大本営と皇居、政府機関などを移そうとしたのが松代大本営だ。その痕跡を今に伝える象山地下壕に足を踏み入れる。記憶の風化に抗うかのように続く薄暗い壕を進む。ここから始まる、ある家族の物語を紐解く。
対話のお相手は、朝鮮問題に詳しいジャーナリストの青木理。ドキュメンタリーを手掛かりに、日本の戦争と東アジア、内外を問わず国に翻弄される人々について語り合う。
帰国事業で、家族で北朝鮮に行く予定が、ひとり日本に残ることになった富士原昌子さん。母との手紙のやりとりは続いたが、ある日、消息が途絶える。植民地政策に翻弄された家族の軌跡を辿り、終わらない戦後を生きる人々の苦悩を見つめた。
旅人、内田也哉子は、長野県阿智村にある満蒙開拓平和記念館を訪ねる。
館内には、日本の植民地支配と現地に残された棄民の歴史が綴られ、証言記録映像が流れる。5歳の時、敗戦を迎え、満州から引き揚げてきた女性に出会う。ソ連軍の侵攻から始まる過酷な逃避行と難民収容所での凄惨な日々。心の奥底に澱む記憶に触れる。
一方で、中国に残留し祖国に帰れなかった人々がいる。その歴史を背負って生きる母子がいた。
対話のお相手にミュージシャンの坂本美雨を迎え、ドキュメンタリーのこと、今も世界で繰り返される暴力、対立と分断、その理不尽な世界に生きる人々について語り合う。
大橋春美さんは、中国残留日本人の父と中国人の母をもつ中国帰国者2世。息子の遼太郎くんと暮らしている。「戦争がなければこの世に生を受けることはなかった」。自らの存在を問う、その苦悩は消えない。自宅の庭で育てているひまわりは、遼太郎くんが中国で出会った先生や友だちとの友情の証である。春美さんは、子どもたちが育む絆こそが、友好の時代への礎だと信じている。
旅人、内田也哉子は、靖国神社を訪ねる。
戦後70年、樹木希林の取材以来、10年ぶりに撮影が許された。広い境内は平穏そのもの。国民を戦争へ駆り立てた歴史、国のために殉じた者を悼む神社、国と戦争と私たち。「批判と賛美」、「加害と被害」、その真ん中を思想として語れないだろうか...。
対話のお相手に杉並区長の岸本聡子を迎え、国からみた戦争と民衆がみた戦争、国を越えた理解・和解、「国」と「私」について語り合う。
1945年、現在のマレーシア・ボルネオ島で起きた「サンダカン死の行進」と呼ばれる悲劇から78年、戦犯として処刑された日本軍司令官の遺族、スパイ容疑で処刑された地元住民の孫など、関係者20人余が戦跡をめぐり、それぞれが背負った歴史について耳を傾けた。加害と被害を越えて真実と向き合った遺族の葛藤と軌跡を追った。
旅人、内田也哉子は、沖縄を訪ねる。
無言館に展示されている絵画。その作者で、沖縄戦で命を落とした画学生を「平和の礎」で探す。チビチリガマ、辺野古...。戦争が、過去から現在、未来へ続く、沖縄の現実。
ドキュメンタリーから20年余り。長野県松本市に高橋住職を訪ねる。ガンで闘病生活を送りながら、沖縄にも足を運び、沖縄戦で亡くなった人々への慰霊を続けている。
そして、対話のお相手は佐喜眞美術館・館長の佐喜眞道夫。丸木位里・丸木俊が最晩年に取り組んだ「沖縄戦の図」を所蔵する美術館で、沖縄戦と本土空襲、いのち、アートの力について語り合う。
アジア太平洋地域を訪ね、戦争で命を落とした人々の遺骨収集や供養をしてきた高橋卓志住職。戦争や差別に対して宗教者としてどうあるべきか、問い続けている。「寺は生きている人のためにある」という信念と、いのちへの真摯な思いを明るくユーモアに包んで描く。
御縁を頂いて、去年から『無言館』のお仕事をすることになりました。そして、今年は戦後80年。戦争で命を落とした画学生たちの背景を知る機会を得ました。地元・信越放送が蓄積してきた番組に多くの発見をし、美しくそして悲しいふるさとを訪ね、素敵な言葉を持つ人たちと語らいました。戦争と芸術、被害と加害、国策と個人、戦争とふるさと...様々なテーマが浮かびます。3ヶ月に及んだ私の旅の記録が、たくさんの人に届くことを願っています。
「自分の家庭を耕すだけじゃなく、そろそろ社会の一隅を照らしなさい」。
母、樹木希林さんの言葉に後押しされた内田也哉子さんの新たな仕事。
その一つが、「無言館」の共同館主。
信越放送のドキュメンタリーを道標に也哉子さんと旅をしたら、この社会の現在地と行方が確かめられるかも...。しかし、旅は、思うようにはいきません。道に迷い、人に惑い...。
内田也哉子 ドキュメンタリーの旅。どうぞ、ご一緒に...。
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